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質問3:


関節可動域の練習やポジショニングは脳性まひの子供にとってどれくらい役に立っているのでしょうか。  


 もちろん生徒の可動域が正常となり、正しい姿勢をとれるようになれば理想的です。しかし過去において、介助がないと動けない生徒達が全てこの目標を達成できたわけではありません。可動域を広げる練習を15分ずつ週に2回行ったところで、残りの5,010分では何もしていないのですから目立った変化が現われるはずがないのです。ここでも「何のために可動域に取り組むのか。」と問うことが大切です。

 Campbell(1987年)は、姿勢管理プログラムは動きを目的とするプログラムと協調して使われるべきだとしています。つまり、骨盤の動きを促進するプログラムを生徒が使っているとすれば、その要素が姿勢管理を必要とする他の場面においても取り入れられるべきだということです。

 可動域の練習は、日常の機能的活動の中に組み込まれない限りその効果は皆無かそれに等しく、また生徒が自発的に取り組んだ時にその効果を最大限に発揮することもわかっています。

 ポジショニングつまり正しい姿勢をとることについても「何のためにするのか。」と問うべきです。ポジショニングといえばたいてい座位に関連づけられますが、なぜ私たちは座る必要があるのでしょうか。ずっと立っているのはあまりにも疲れることであり、かといって寝転んでいてはうまく機能できず、そうすると残された選択肢は座ることである、これがもっともな答えでしょう。座位には基本的に二種類あり、背もたれに寄りかかって座る安楽座位と、股関節から上を前傾させ機能的活動を行うためにとる機能的座位があることは前述のとおりです。

 何らかの理由から、人は情報を受け取る(テレビを見る、話を聞く)時はほとんど例外なく安楽座位をとり、逆に情報を発信する(話をする)、食事や物を書くといった機能的活動を行う時にはたいてい前かがみになり機能的座位をとります。

 過去において私たちは、一人で座る能力のない生徒にはほぼ無条件に安楽座位をとらせていました。時には背もたれをわざわざ後ろに倒してまで、生徒の身体が確実に後傾するようにしていましたがこれには以下のような理由がありました。

1. 自分たちが安楽座位をとると楽なことから、生徒たちにも快適に座ってほしいと思う。

2. 後傾した姿勢にすると背骨や股関節に圧力がかからず、脊柱側弯症になる可能性のある生徒のためになる。

3. 生徒の顔がよく見え、話しかける時に視線が合いやすい。

4. そして当然ながら、ほとんどの車椅子や座位保持装置には背もたれしか身体を支持するものがない。

 機能的座位がとれる方法を開拓する理由として、身体的機構の観点から主に二つの要素が挙げられます。一つは腕と手の機能のためです。後ろに寄りかかった状態では腕を使うのがとても難しくなります。重力に逆らって腕を上げるには相当の力が必要であり、かつその状態で食事をしたり卓上作業をするのはほぼ不可能です。

 第二の理由は話す機能を促進するためです。前かがみになると、横隔膜を収縮させ空気を声帯に通すことが楽になります。後ろにもたれたまま咳をしてみると、横隔膜がどのように働いているのかがすぐにわかります。つまり身体は横隔膜を縮めようとして反射的に前かがみになり咳を出そうとします。気道炎症が慢性化している子供にとって咳をすることは大事なことです。

 もし、生徒の肺をきれいにする、言語能力を高めるといったことがゴールであれば、機能的座位を保つことを指導する必要があります。講義を聞いたり番組を見たりすることがゴールならば、安楽座位に取り組む必要があります。理想的なのは、生徒が椅子を変えることなく安楽座位から機能的座位へ、また機能的座位から安楽座位へと自分ですばやく姿勢を変えられるようになることです。

 要するに、機能的座位、安楽座位どちらも重要であるにも関わらず、過去において私たちは安楽座位を保つことばかりに力を注ぎ、機能的座位の必要性を無視していたわけです。様々な理由から生徒たちにリクライニングの姿勢をとらせてきましたが、その結果、生徒は技能を練習する機会も与えられず、手や身体を機能的に使えるようになることもなかったのです。

 C.M. Mulcahy, et al(1988年)は、リクライニングの角度がわずか5度でも子供の姿勢や運動能力に悪影響を与え、一人で座位を保つ技能の習得を遅らせたりまたは不可能にすると述べています。彼によると、後傾した姿勢で座ると後弓反張が起こりやすくなり、その結果腕が前に上がり(自分を守るような格好になる)、腕や手を機能的に使えなくなってしまうとのことです。さらに生徒は、自分が倒れるのではないかとの不安から逆に身体を前方に丸めようとします。これが周りの人には、やはり首が座っていないためにこうなると受け止められ、ますます縛り付けられる結果になるとも述べられています。

 彼の調査では、リクライニングの姿勢に置かれることにより視線も上向きになり、生徒は目の前で行われている様々なことを見るのではなく、天井ばかりを見つめることになってしまうと指摘されています。座ったままバランスをとる技能は、初めは前に倒れた状態から、次は横から、そして最後に後ろに倒れた状態から身体をもち直すという順で習得されます。後ろに倒れた状態から戻るのが最後にくるのは、筋力や協調した動きが最も必要とされるからです。調査のなかでは、位置関係を把握したり思考力を必要とする複雑な課題は、垂直に座った姿勢で行う方がよい結果が得られるとも書かれています。

 ともかく、ポジショニングについて考える前に生徒が行う活動を決めることが先決であり、そのうえでその活動にふさわしい姿勢を分析することが必要です。不自然な例として最も顕著なのはトイレに座る時が挙げられます。一人で座ることができない子供は、たいてい便座の上で安楽座位または後傾した姿勢に置かれますが、これは排尿、排便にふさわしい姿勢ではありません。また公衆トイレにはまず背もたれはなく、そのような姿勢を指導してもあまり生産的とはいえません。補助装置は塩化ビニルパイプなどで簡単に作ることができ、排泄など特定の活動を行う時に機能的座位を練習させることができます。

 この考え方は座位に限らず、立位、歩行も含むあらゆるポジショニングにあてはまります。姿勢はできる限り正しくあるべきですが、同時に機能的活動のニーズも満たさなければなりません。側臥の体勢になる、ボールに乗って転がる、三角マットにうつ伏せに乗って腕をつくといった機能的な目的のない活動が、重度の障害をもつ生徒の技能習得に役に立った例は一つもありません。これには様々な要因がありますが、そのいくつかを以下に述べます。

1. 技能を向上させるための動機がないことです。スタッフは「少しの間頭を上げてごらん。」「腕を伸ばしてごらん。」と必死で生徒を励ましますが、動機がないために大人も生徒もすぐにやる気を失ってしまうのです。

2. 生徒にある姿勢をとらせること自体がプログラムだと考えられがちであることです。生徒は直接指導されない限り技能を習得することはありません。また習得したとしても、ある場面で身につけた技能を他の場面でも応用して使うことができず、そのためにはさらなる指導を必要とします。例えば、側臥の体勢で筋緊張が低下した状態を体験しても、その時の筋の状態を覚えて椅子に座って昼食をとる場面に応用することはまずありません。

3. 疲れた時や忙しい時、人はしなければならないことだけをするものです。重度の障害をもつ生徒がしなければならないこととは、バスへの乗り降り、飲食、排泄(またはおむつの交換)などで、これらの活動に関連した技能はどんなに忙しくても必ず行われます。必要ならば他のプログラムや活動は省略することができます。

4. 側臥、三角マットでのうつ伏せなどの受動的な運動に関して、目標を設定したり進歩を測定することはほぼ不可能です。目標がなければ成功もあり得ません。


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